Vol.4 僕は被災者なのかな?(後編)

生意気にも、たった三回目で前編やら後編やら偉そうにノリノリでやっていますが(笑)、実は僕のブログを見たという同級生のA本くんから、「家族が長くて読むに耐えんって言っていた」とありがたい?手厳しい?お叱りを早速ちょうだいしたもので、ちょっと話を結ぶ前に一旦切っておこうと考えたワケですが、全部一気に書き終わったものを編集というのでしょうか、二つに分ければ良かったかなぁと後悔しております。

といいますのも、前回の部分から先を後から考えようと、有体に言えばサボっちゃったワケですが、そこから一週間も経過しちゃうと何を考えて書いていたかバッチリ忘れてますね…仕方ない、ここは心機一転というのか、心新たに前回までを読んで思ったことをダラダラ書こうかなと。

さて、前回までで“被災者”の定義を確認した上で、なかなか自分に当てはめることは難しいのですが、ここで言う「損失を受けた人」と「影響を受けた人」という文言がどこからどこまでを含むのか解釈が難しいところで、僕の場合は火事や倒壊のように大きな分かりやすい損失はないものの、地震によって家具が散乱し、食器類は棚から落っこちてほとんど割れちゃいましたので、「損失を受けた人」に含まれるのかな?それぐらいでは損失に含まれないのであれば「影響を受けた人」に含まれるのかな?ちなみに当時、僕の記憶が正しければ地震発生当初は京都が震度5と速報で出て、そこから少し時間が経って亀岡市は震度6って出たと思います。まあ一つハッキリと言えるのは震度が5だろうが6だろうが、あんなに揺れたら何も出来ない。

幼い頃によく“地震があったら机の下にもぐれ”なんて言われましたけど、いやいやそんな余裕ないよ、ただただその場で丸くなるだけ、しかも朝の5時頃なんて寝てる真っ最中で、何かドーンと爆音みたいなのが聞こえた気がした瞬間にベッドから身体が浮いた感じになって、恐怖で慌てて起きたら徐々に徐々に揺れが大きくなっていって、これどこまで揺れるのぉ~って、笑えんくらい、本当にアパート壊れると思うくらい揺れたんでね。多分「うわぁぁぁぁぁぁ~」って、揺れが収まるまで声が出てたと思う…文字にすると非常にダサいけども(笑)、あんな恐怖はそれまで生きてきた20数年間、その後の30数年間、一度も体験したことはないですよ。逆らえない暴力と言いますか、どれだけ抗おうとも無駄な力と言いますか、まあとにかく何も出来ない。

その後、揺れが収まったのを確認してから、慌ててアパートの玄関を出てどこか広いところに行こうと近所の並河駅前にはや足で移動したら、同じようなことをお考えの方々だったのかな?数えてはいませんが結構な数の人が次から次へと集まり、なんとなくみんなと一緒にいるという安堵感みたいなものを感じた記憶がある。

よく覚えているのは、全く知らないおじさんが僕に「ここは広いから安心だよね?」と声をかけてくれて、僕は地震の経験すらほとんどない長崎から来たばかりの田舎者だったので、本当に安心なのかどうかもよくワカランのに「多分、大丈夫でしょうね…」と答えたあとすぐに、当時並河駅のそばに建ったばかりのマンションが目に入り(笑)、「あれが倒れてこなければw」と言うとおじさんが「あれは倒れんでしょ?」と言ったのが忘れられなくて。まあ確かにあんな頑丈そうなマンションが倒れてくるぐらいなら、先にうちのアパートが潰れてるかとなんか可笑しさがこみあげてきたんだった。あのおじさん、今おいくつぐらいなんだろうか?あの地震がなければ会話を交わすことなんかなかっただろうなぁとか思ったり。

ちょっと落ち着いてから駅の公衆電話で大村の実家にいるであろう父親に電話してみたら、何度かのコールの後にあからさまに不機嫌そうな声で「はい」と父の声。おお、長崎は無事であったか良かった良かったと、父にこちらの状況を「今、めちゃめちゃデカい地震があって」と言うと、結構怒ったように「今何時と思っとるとや、いちいち地震ぐらいで電話すんな ガチャ…」と、まあ後から冷静になって考えると確かにそうなるわなという怒声とともにサックリ電話を切られたなんてことがあったり。それから1週間後くらいに電話した時には「何でもっと早く電話せんのや!」と怒られたワケですが…まあ、僕の場合は無事だったからこういう小噺みたいな親子のコントも話せるのでしょうね。

おっとまた話の腰をボキボキ折ってしまいましたね。そういう一幕があり部屋に戻ると先述した通り、食器棚は倒れ食器類はほぼ全滅、一人暮らしであまりモノを置いていない部屋だったとは言え、机の上のPCとか棚の上のテレビとかまあ一通り床の上にあったものは床に落ちて散乱していたワケです。被害額は大したものではなかったのですが、Wikipediaさんからの引用によればおそらく僕は一次被災者に分類されるのでしょう。仮に近接被災者であったとしても、要するに長年疑問に感じていた“僕は被災者なの?”という疑問に対する解答は、おそらく僕は被災者だったというコトで決着して良いのかなと。そこよりも調べてみて驚いたのは、僕は3.11の当事者ではないと前回記載していたにも関わらず、このWikipediaさんにある“ニュージーランドの精神科医A・J・W・タイラーとA・G・フレイザー”さんらによると、どうやら僕に限らず日本中のほぼ全ての人が東日本大震災の被災者ということになるんじゃないかな? "テレビ中継などで火災現場を見て不快な感情を持った人" という枠組みに入らなかった人はいなかったんじゃなかろうか…まあでもそういう細かい分類はあるとしても、通常はやはり被災地で被災された方が被災者になるよねとは思うから、ニュージーランドの精神科のお二方に敬意を持っていないワケではないけれども、一般的な“被災者”という言葉に対して、あまり自分を気安く当てはめるべきではないなと、実際に1.17を体験して思ったりもするワケです。

ゴチャゴチャぬかした割には大して自分の中での震災に対する考えもまとまったりはしていませんが、1.17阪神・淡路大震災の犠牲者になられた皆さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

部屋に戻って情報を欲し、床に落っこちたテレビを拾い上げNHKのニュース速報で見た驚愕の景色、神戸の須磨区だったかな?ハッキリとどこかは覚えていませんが、まるで戦争で空襲でも受けたかのようないわゆる「焼け野原」という言葉しか思い浮かばない火事で燃える街。あの巨大な建造物と思っていた高速道路の高架が倒壊した映像、そしてそれらを呆然と画面で見る僕の近所を「危険ですので電気はつけないで下さい!ガスに引火する恐れがあります!」とかなんとか、そういった内容の放送を町全体に呼び掛けて走るガス会社の車…いやいや、もう電気つけちゃったよ。そういうの今頃言われてもと思いつつ、なるほどこの火事はそうやって起こったのかと納得させられた記憶。それらを体験したことで初めて、長崎県大村市という片田舎に生まれ育った僕は、阪神・淡路大震災の何年か前に起こった地元の大災害“1991年6月3日の雲仙・普賢岳火砕流”を真面目にというか深刻に受け止めることが出来るようになったような気がします。大村にいた頃に連日ニュースで映像を見てはいたものの、正直に言って当事者感覚は全くなかったように記憶していて、噴火が落ち着いてからちょっと観に行ってみようぐらいの感覚だったのですが、阪神・淡路大震災を体験したことで、火砕流とかどんだけ怖いんや!とようやく当事者の方々と同じではないでしょうが、要するに死を体感するほどの恐怖をある意味自分の中に物差しとして用意出来たことで、当事者の皆さんに近い感覚で災害を考えることが出来たように思う。

その後に起こる災害やアメリカの9.11など、そういった全ての悲しい出来事を見る度に阪神・淡路大震災の記憶と感覚がリンクしているのを感じるというお話でした。おそらくこれからも毎年、数字で表すと長崎人の僕には8.9を筆頭に、8.6、8.15、1.17、3.11といった日は、今回記載したように何らかの記憶を紐づけて思い起こすんでしょうね。

そういえば昨日、うちの子供たちがまだ小学校に入ったばかりの頃から、家族みんなでお世話になっている近所のあたたかいカフェテリア「Chun Café」さんのFacebookを見たら、本日の日替り定食は僕の大好きなトルコライスと見かけたもので、愚息を誘って一緒にお昼食べて来ました。マスターとも話したのですが、カレーって評価の難しい料理だと思いませんか?僕はここ「Chun Café」さんのカレーが大村では一番美味しいと思っていまして、大村で一番美味しいカレーの食べられるトルコライスはここだと確信しているのですが、比較対象が実に難しいなと。

例えば大村だとカレーの一番有名なお店はココイチさんになるのかな?「マスターのカレーはココイチのカレーより美味しい」と言ったとして、それは誉め言葉になるのかが実に微妙。例えば吉野家さんのカレーもなんだかんだ美味いんだけども、「吉野家のカレーより美味い」が果たして誉め言葉になるのかとか…難しい料理だな。

インド料理屋さんのカレーって本格的なんかもしれんけど別に食べたいとか思わんし、特別美味しいとかも思わないし。強いて言えば「うちのカレーと同じくらい美味い!」が最高の誉め言葉になるのかもしれない。ということで、今回はいつも美味しい、何を食べても美味しい「Chun Café」さんのトルコライスをアップしておきます。これは本当に一度食べておいた方が良いとオススメです。ちなみにネットのどこだったかで、長崎の美味しい食べ物ランキングとかいうのを見かけたのですが、1位ちゃんぽん2位カステラ3位皿うどんで4位にトルコライスとなっていました(笑)
それではこの辺で。

「Chun Café」さんのトルコライス